「自転車の乗り方は何十年経っても忘れないのに、なぜギターのコードはすぐ忘れてしまうんだろう」——過去記事「ブランクからの感覚の戻し方」「忘却曲線を味方につける復習のタイミング」でも触れましたが、記憶の仕組みには、実はもう一段深い、興味深い理由があります。
この記事では、50代のギター再開者向けに、「手続き記憶」という記憶の仕組みから、なぜ演奏に忘れやすい部分と忘れにくい部分があるのかを解説します。
■ 記憶には大きく2つの種類がある
私たちの長期記憶は、大きく分けて「陳述記憶(言葉で言い表せる記憶)」と「非陳述記憶(言葉で言い表せない記憶)」の2種類に分けられます。
▼ 陳述記憶:コードの名前や理論など
「意味記憶」(歌詞を暗記する、フレーズの手順を見て覚えるなど)と「エピソード記憶」(ライブに行った時の思い出など)に分けられます。過去記事「度数を覚えると音楽理論が一気にわかりやすくなる」で扱ったような理論的な知識は、この意味記憶に近いものです。
意味記憶は覚えにくく忘れやすいという特徴があります。
▼ 非陳述記憶:体で覚えたコードチェンジや運指
自転車に乗る、楽器を演奏するといった、体を動かして覚える記憶は「手続き記憶(運動記憶)」と呼ばれます。この手続き記憶こそが、「体が覚えている」感覚の正体です。
■ なぜ手続き記憶は一生忘れないのか
手続き記憶で中心的な役割を果たしているのは、脳の「大脳基底核」と「小脳」という部分です。大脳基底核は体の筋肉を動かしたり止めたりする際に、小脳は筋肉の動きを細かく調整して、スムーズに動くために働きます。
楽器の練習で何度も失敗を繰り返しながら練習するうちに、大脳基底核と小脳のニューロンネットワークが正しい動きを学び、「手続き記憶」として脳に残りやすい仕組みになっています。手続き記憶は一度覚えたら忘れないとされ、5年ぶりに自転車に乗ってもちゃんと乗れたり、10年ぶりに楽器を弾いてもそれなりに弾けたりするのは、体で記憶しているからだと考えられています。
過去記事「ブランクからの感覚の戻し方」でご紹介した、久しぶりにギターを弾いても意外と弾けたという体験談は、まさにこの手続き記憶によるものだったのです。
■ なぜコードは「すぐ忘れる」ように感じるのか
一方で、コードの名前や新しく覚えたばかりのフレーズが「すぐ忘れる」ように感じるのは、それがまだ「意味記憶」の段階に留まっているためだと考えられます。
意味記憶は覚えにくく忘れやすいという特徴を持っています。つまり、覚えたばかりの新しいコードやフレーズは、まだ体に染み込んだ手続き記憶になりきっておらず、頭で覚えている段階だからこそ、忘れやすいのです。
■ 「完璧に覚える」とはどういうことか
覚えた曲を長く忘れないようにするためには、練習当時にギターで弾けるだけでなく、フレーズを口ずさめるくらいまで、曲自体を頭でも把握しておくことが大切だとされています。ただ弾けるだけでは、完璧に覚えたとは言えないという指摘です。
▼ TAB譜の見すぎに注意する
TAB譜を見すぎて、指板を見る工程を省いて手癖だけで覚えてしまっている場合、指板という手がかりがないため、忘れてしまったときに思い出すきっかけを失いやすいとされています。過去記事「目を閉じて弾く練習法」でも触れたように、TAB譜だけに頼らず、指板や耳での確認を組み合わせることが、長く記憶に残すコツと言えそうです。
■ 音楽が持つ、記憶を呼び覚ます力
音楽には、聴いた当時のことを思い出させる「タイムマシン」のような効果があるとされています。この効果は、同時代の人物の顔など他の刺激よりも強いことが、研究で示されています。
音楽が鮮明な記憶を呼び起こす能力は、脳の研究者にはよく知られた現象です。過去記事「昭和フォーク・歌謡曲の弾き語り10選」でご紹介したような、若い頃に親しんだ曲を演奏することは、単なる練習を超えて、記憶や感情を豊かに呼び覚ます体験でもあるのです。
私たちが音楽を演奏したり歌ったりするとき、ただ聴くのではなく、この「手続き記憶」を使っているとされています。
■ 50代がこの仕組みを知るメリット
▼ 「忘れやすい」ことに落ち込まなくて済む
新しく覚えたコードがすぐに抜けてしまうのは、まだ意味記憶の段階にあるだけで、決して能力の問題ではないと理解できます。
▼ 「体に染み込ませる」という目標が明確になる
過去記事「忘却曲線を味方につける復習のタイミング」で紹介した反復練習は、まさに意味記憶を手続き記憶へと移行させるための、科学的に理にかなった方法だと言えます。
▼ ブランクへの不安が軽くなる
一度しっかり体に染み込ませたフレーズは、手続き記憶として一生忘れないという安心感を持って、長く演奏を楽しめます。
■ 50代がこの知識を練習に活かす際のアドバイス
▼ 反復練習を大切にする
新しいコードやフレーズは、何度も繰り返し練習することで、意味記憶から手続き記憶へと少しずつ移行していきます。焦らず、この過程を大切にしましょう。
▼ TAB譜だけに頼らず、指板と耳も使う
過去記事「目を閉じて弾く練習法」も参考にしながら、TAB譜だけでなく、指板の位置や音の響きも意識して覚えることで、より確実な記憶につながります。
▼ 若い頃の曲を弾くことも大切にする
過去記事「懐かしい昭和フォーク・歌謡曲の弾き語り10選」でご紹介したような、若い頃に親しんだ曲を弾くことは、単なる練習以上に、記憶と感情を豊かにする体験になります。
■ まとめ:手続き記憶の仕組みと演奏への活かし方
| 記憶の種類 | 特徴 |
|---|---|
| 意味記憶 | 言葉で覚える記憶・覚えにくく忘れやすい(新しいコード名など) |
| エピソード記憶 | 体験・思い出に関する記憶(ライブの記憶など) |
| 手続き記憶 | 体で覚える記憶・一度覚えたら忘れにくい(コードチェンジの動きなど) |
コードがすぐ忘れてしまうように感じても、それは自然なことです。反復練習を重ねることで、少しずつ「体が覚えている」手続き記憶へと変わっていきます。50代のギターライフに、この仕組みを知って、焦らず練習を積み重ねていってください。
■ 効果的な記憶の定着法をプロと一緒に見つけたい方へ
自分に合った練習の進め方は、オンラインレッスンでプロに相談すると具体的なアドバイスが得られます。


コメント